激レアさんを連れてきた。に出演。日本一になった異色スーツ姿ラッパーDOTAMAの正体は?いま何してるの?

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「フリースタイルダンジョン」で掴んだチャンス

音楽に集中しようと2012年、6年近く勤めたホームセンターに勤めた退職し、退路を絶ってラップに打ち込もうと上京。

生活費にさえ事欠き、ブラックバイトに追われる毎日。
MCバトルでも決勝戦までは進むのに、なかなか”優勝”まで届かない。。。
悶々とする日々が続いたそうです。

そんな矢先、「フリースタイルダンジョン」の出演オファーがあったのです。

「フリースタイルダンジョン」とは、挑戦者のラッパーが即興のラップバトルで
5人のモンスターに挑む人気番組です。
従来のMCバトルにRPG要素を取り入れたのが特徴です。

当初チャレンジャーとして出演したDOTAMAは、ラッパーらしからぬ出立ち、相手の痛いところを突きまくる変幻自在なディスで鮮烈な印象と
確かな”ツメ跡”を残しました。

そして番組での活躍が認められ
挑戦者を迎え入れるモンスターの側に抜擢されます

数々の名勝負を繰り広げ
ついにMCバトルの全国大会「ULTIMATE MC BATTLE」にて
優勝を掴んだのです!


DOTAMAを突き動かす原動力、それは「怒り」

会社員時代の葛藤、母親への屈折した思い、そして弟の死…。

波瀾万丈な半生だからなのか
心の奥底に、常に「怒り」をたぎらせて生きてきたそうです。

自伝『怒れる頭』(DLEパブリッシング)で赤裸々に半生を綴っています。
詳しく知りたい方は是非ともチェックしてみてください。読み応えがあります!

自らを駆り立てる「怒り」がDOTAMAの強烈なリリックを研ぎ澄ましてきたんでしょうね。

そんな気になるDOTAMAの壮絶な半生を少しご紹介したいと思います。


曽祖父から続く教師一家で、厳格な母に疑念と「怒り」

栃木県佐野市、曽祖父と祖父がなんと校長先生。
両親も教員という教師一家の長男に生まれました。

教育熱心で厳格な母は些細なことにも激昂する方だったそうです。
子どもたちへの期待の裏返しだったのでしょうが
男口調で怒鳴りつけられてショックや理不尽さ、幼心に母への疑念が
膨らんでいくのを感じたそうです。

代々続く教師の家系のため、面と向かって「教師になれ」と言われたことはありませんでした。それでも、暗黙のプレッシャーはひしひしと伝わってきます。

大学に進学せず、近所のホームセンターへ就職することが決まると
お母さんは「人生の落伍者」を見るような態度をとったといいます。

父からは「志村けんの『変なおじさん』みたいにならないでくれよ」と
冗談とも本気ともつかない言葉を投げかけ息子の将来を案じていたようでした。

それに反して、就職した職場は音楽活動に寛容だったそうです。
そして、同僚のミュージシャンとアルバムを出す機会にも恵まれました。

平日夜は作曲に打ち込み、週末はクラブに通う日々。
「サラリーマンラッパー」の二足のわらじ生活は、嵐のように過ぎていきました。


突然の弟の死、父とともに遺書を必死に探す。自分への「怒り」

家庭への鬱屈とした思いの消えないなか
2006年深夜、ライブに訪れた群馬のクラブで
お母さんからの電話「ちょっと帰ってきてもらっていいかな」

明け方に帰宅すると、母が泣き崩れており
居間に棺桶、なかに冷たくなった弟さんがいたそうです。
母は次男を溺愛していました。

弟さんは輪を掛けて真面目な人間。
すべて正面から受け止めて、プレッシャーになってしまったんだろう
という気がして自責の念。。



父とともに弟が住んでいた寮に赴き、必死に遺書を探したそうです。
ですが、どんなに探しても遺書は見つかりませんでした。

遺書を必死に探した理由について、のちにDOTAMAさんは

「父も僕も弟の残り香、意識がどんな形であれ残っていないか、確認したかったんだと思います」

と語っています。


弟の死に対する自責の念
家族との関係
音楽シーンの実情やブラック職場…

DOTAMAさんには様々な「怒り」の対象がありました。

常にフラストレーションを感じ
最終的に、その怒りは不甲斐ない自分自身へと向けられます。

彼がのべつまくなしに怒り散らす「切れキャラ」ラッパーではなく
DOTAMAさんのリリックには「申し訳ない」「申し訳なかった」「申し訳なさ」…。そんな言葉が頻出します。

DOTAMAさん本人もこう述べています。

「怒りの原因は何だろうと考えだすと、結局は自分の弱さに戻ってくる。一周して、自分に対して怒っているんです」

「何かにぶつかる度に、自分で自分の怒りを浴びて、自分を変えてきた。」

誰もが少なからず抱えるフラストレーション。
うちに秘めた「怒り」の炎をラップの表現に昇華させていったのですね。

モヤモヤとして行き場のない感情、誰もが扱いに困るなか
それをDOTAMAさんがステージで”代弁”し”発散”してくれている。

そんなところが人々の深い共感を呼び、人気を高めていったということもあるのでしょうか。